3/25/2011

アメリカのお菓子

Joelがカラメルポップコーンを買ってくれた☆

夕食の野菜をカゴに入れて、Joelと一緒にスーパーのレジに並んでた。私がじーーっと、レジの横にあるカラメルポップコーンの入った箱を眺めていたら、「欲しいの?買う?:)」とJoelが言ってくれた☆そんなに欲しくなかったので、「ううん。今はいらない〜」と言ったら、数秒後に、「今はどう?欲しい?買ってあげるよ!」と言ってくれた笑 「ありがとう!でも別にいらないかも:)」って言ったら、また数秒後に「欲しくなった??買おうか?:)」と言ってくれた。私の旦那さまは何て優しい人なのだろう☆☆☆結局、美味しそうだし、あったらいいかなと思って、買ってもらった☆こうやって私の体重は増えていくのでしょう。。。泣

なんとこのポップコーン、ただのカラメル味ではなく、クランベリーやピーカン、アーモンドまで入っている。

私はアメリカのお菓子も物によっては大好きだが、やっぱり日本のお菓子も大好きだ。日本のお菓子は繊細だと思う。私は日本で生まれ育って普段から食べてきたからそう思うのかもしれないが、味もとっても美味しいと思う。

しかし、お菓子のアイデアに関したらアメリカのお菓子が勝っていると思う。例えば、日本ではカラメルポップコーンにクランベリーやナッツを入れようなんてどの会社も思いつかないアイデアだと思う。でもさすがアメリカ。。。さっき買ってくれたポップコーンを食べたのだが、味がむっちゃくちゃ甘く喉が焼けたように感じるし、そんなに食べてないのに今現在吐き気が。。。笑

日本でカラメルポップコーンを食べた時、いつも「もっとカラメルの味付けてよ〜」って思っていた。カラメルがちょっとたくさんめに付いているピースに当たると、ラッキー!って感じやった。
一方。。。アメリカでは、「どうやったらこんなにカラメル付くん??」って位絡めるがガッチリとまとわりついている。カラメルのあんまり付いていないポップコーンを必至に探すが、そういう粒はほとんどない。

日本とアメリカの中間的な味が、いわゆる甘党にとってはちょうど良いのではないかと思う。どうでも良い話ですが、あまりにも強烈に甘かったので日記にしてみました笑。

3/23/2011

先輩の死

大学院時代の先輩で、私の修士論文の指導をしてくれていた博士課程の先輩が亡くなったことを知らされました。死因は自殺とのことです。

私はその先輩が大嫌いで、怒鳴り合いのケンカをしたこともあります。人生で初めて人とけんかをしたのが先輩です。すごく怒りと衝動性が高く、気の弱い私は振り回されたり、当たられたりすることがしょっちゅうでした。後輩たちは先輩に対してひたすら我慢し、先輩たちは彼をどう扱うかこっそりミニ会議を開いていた位、かなり難しい人でした。先輩の実家は震災のあった場所の近くだったので、「先輩の家族は大丈夫かな」と考えていた際での訃報でした。

先輩が亡くなったのは数ヶ月くらい前で、遺体からは指紋も取れない状態だったそうです。家賃の支払いが滞っていたので、管理会社の人が部屋を訪れ、発見されたそうです。仕事をしていたのに、離れてはいるけど家族も兄弟もいたのに、どうして発見まで数ヶ月もかかってしまったのか。先輩の性格や生き方も影響したのかとは思うけど、現代社会の希薄さに身震いします。

最後に先輩にメールを送りたくて、Gmailの送信履歴から先輩の携帯のメルアドを探しました。すると、3年前に先輩としたメールのやりとりが残っていました。他の先輩で私に偉そうに言ってくる人がいたのですが、その人から私を守ろうとしてくれている内容でした。その後、先輩にメールを送りました。すぐにエラーで返ってきて、本当に亡くなってしまったんだ。。。と信じがたい事実を突きつけられる結果になりました。

私は先輩が大嫌いだった。でも、確かに思い返せば、すごく寂しがりで、繊細で、さりげなく人を思い優しさを見せることのできる人でした。不器用だったし、口が悪かったから、周りとはうまく馴染めない人だった。自分の彼女以外は世の中全員敵というような価値観を持った人だった。今回の自殺も対人関係での悩みから起こったということは簡単に想像がつきます。一言でもメールをくれたら、異変を感じて電話したのに。。。と悔いが残ります。

先輩はすごく賢く、頭の切れる人でした。国際学会で賞を受賞していたことも記憶に新しいです。まだ生きていたら、きっと世の中に名の残る研究者になっていたと思います。
先輩は、私にcritical thinkingとは何かをみっちり教えてくれた人でした。大学院に入学してから、先輩からアカデミックペーパーのまとめ方、保存の仕方、書き方をびっちり学び、こんな私でも、卒業前には微妙ではありますがなんとかなる位のペーパーが書けるようになっていました。

先輩の教えてくれたcritical thinkingは、毎日の生活で本当に役に経っています。先輩の身体は存在しないけれど、こうやって先輩が教えてくれた大切なことが生き続けることで、先輩がかつて生きていた、存在していたんだということを確認できます。切ないけれど嬉しいことでもあります。

今回の件で、旦那さまはもちろんの事、大切な友達や家族に、毎日優しさと思いやりをもって接していきたいと強く思うようになりました。また一つ、先輩からかけがえのない大切なことを教えてもらいました。

プライドや体裁を気にする先輩が自ら死を選ばなければいけなかった程、ひどく悲しく辛く暗く、底なし沼の日々が続いたのだろうと思います。友達を作りたかったけど、なかなか自分の感情をコントロールできず人が去ってしまい、相談できる相手もおらず、どれだけ苦しかったのだろうかと考えると眠れません。

私は先輩のことを一生絶対に忘れません。そして、先輩の教えてくれたことは私の中で生き続け、将来私とJoelとの間に産まれる子どもにもその考えは受け継がれていきます。先輩の生きた人生を、先輩自身の存在を忘れないことが、何よりの供養になるのではないかと考えています。

28年の人生、本当にお疲れさまでした。

3/10/2011

地震→結婚→新生活の手続き。。。

2011年3月11日、大地震が起こりました。。。
毎日パソコンでニュースを読んで、本当に心が苦しくなります。。。

地震が起こったとき、何も知らずのほほんとしていました。私とJoelが布団に入ってさぁ寝ようと言っていた丁度そのとき、Joelのご両親から電話があり、「東京の近くでM8.9の大地震(その後M9.0に修正されましたが。。。)が起こって、火が出たり津波がひどくて大変なことになってるよ!久美の家族は大丈夫!?」とのことでした。。。情報が混乱していて正確ではなかったけど、Joelと寝床でiphoneから津波の動画などをチェックしている限り、本当にひどい状況であることが分かりました。。。

あれから毎日ニュースをチェックしているけれど、アメリカで見られる映像よりも、日本で報道されている内容のほうが遥かに深刻なようです。
本当に、本当に多くの人が助かることができれば良いのにと思っています。。;―;

こんな時ですが、地震の一週間後に結婚したので早く色んな手続きを初めなければいけません!
地震が起こる前に色々結婚後の手続きに関してリサーチしていたので、その内容を事前にまとめたものを載せておきます↓↓↓


*****


K-1 visaでアメリカに入国したら、90日以内に結婚しなければいけません。

私たちは3月18日に結婚することになったので、またまた書類作業の始まりです!
色々と手続きがあって、ややこしくなってきたのでここに記して頭の整理をしたいと思います☆

入国後の手続き:

①marriage certificateの申請、入手:
これは以前のトピックで述べた通りです。

②commissionerの元でweddingを行う:
commissionerとは、法的なweddingを挙げることのできる人のことです。
weddingにも色々あり、civil wedding(入籍だけのシンプルなもので大体5分くらいで終わる。私たちの場合、費用は$75でした)やreligious wedding(文字のまま、宗教的な意味合いのある、協会などで行う式など。値段はcivil marriageよりもかなり上がるみたいです)などがあります。海の上で船長にcommissionerとなってもらいweddingをすることもできるみたいです。私たちは無神論者だし、コテコテとしたウェディングは好みじゃないので、アッサリとcivil weddingをすることにしていました。ちなみに、commissionerには事前に連絡し、予約を入れておかなければいけません。

また、WAの法律ではweddingを行う際に、witnessとして立会人を入れなければいけません。たいていは家族や友人が立ち会います。注意しなければいけないのが、civil weddingは裁判所で行うのですが、私たちの郡の裁判所は4時半に閉まります。そして、アメリカのお役所ですから平日しか開いていません。。。こんなんでwitnessには仕事を休んで来てもらわなあかんし、記念日とか大安の日とか、自分たちの好きな日に結婚するのなんて無理やんか!とかなり不便さを感じました。。。!(`ε´)
私はほんまは3月3日のひな祭りの日が大安だったので、その日に結婚したかったのですが、友人に仕事休んで来てもらうのとか大変やし、諦めてSt. Patrick's Dayの直後の、大安でもない、何の思い入れもない日に入籍することに。日本は結婚の届け出は年中夜中でも開いてると聞いたけど、本当に便利で良いよなぁ〜。

weddingを挙げた後、marriage certificateの原本の公式なコピーを3通もらおうと思っています(2通はGC申請用、1通はDMVでドライバーズライセンスの氏名変更、 SSオフィスで氏名の変更、銀行口座開設、パスポートの氏名欄に結婚後の姓をカッコ書きで併記してもらうために持って行きます。DMV、SSオフィス、銀行、領事館でのパスポートの変更手続きでは、原本を見せると返してくれるそうなので、何通も取り寄せる必要はないみたいです)。後日入手しようとすると、入手までにすごく時間がかかるそうです。
追記】私たちがmarriage certificateのコピーを入手した時は、一枚につき$3の手数料を支払い、その場でコピーをもらうことができました。

③GCの申請を開始!結婚後3ヶ月以内に申請を始めなければいけません。

④在シアトル日本国総領事館に結婚届を提出。原則的には、結婚後3ヶ月以内に行わなければいけません。郵送でも可能です。ちなみに、来館して手続きする場合、最低でも30分程度時間がかかるらしく、昼休みと閉館前の1時間前には必ず到着するようにと言われました。在シアトルに本領事館のビジネスアワーは@9:00-11:30、@1:00-16:30とのことです。必要な書類は各領事館で異なるようです。シアトルの場合は以下の通りです:

1.婚姻届2通:領事館にあり。
2.marriage certificateのcertified copyを2通(うち1通は両面コピーでも可)。
3.marriage certificateの和訳を2通。翻訳者の名前を記載すること(翻訳は申請者本人でも可)。
4.戸籍抄本もしくは謄本2通。
5.Joelのbirth certificateの原本1通(電話で聞いた所、この代わりにJoelのUSパスポートを持参しても良いようです)。
6.5.の和訳を2通。翻訳書の名前を記載すること(翻訳は申請者本人でも可)。

日本の戸籍上も外国人姓に変更する場合、この時に手続きを行えば便利だと思います。私は戸籍上の名前を変更しようかどうかまだ迷っています。。変えたいのは山々やけど、その後の日本での様々な名義変更(郵便局、銀行の名義変更など)が本人でないと出来ないものが多くて大変みたいなので。。うーーん!

⑤婚姻届を領事館に提出する際、ついでにパスポートの氏名に関わる変更を行います。ちなみに、日本の法律では日本のパスポートは郵送できないという規則があるらしく、氏名に関わる変更を行いたいときは、最低でも2度(①申請、②受け取り)、領事館へ足を運ばないといけません。氏名に関わる変更に関しては、以下の選択があります:

A)【非ヘボン式氏名表記】
戸籍上の名前を変更した場合、そして、ヘボン式ローマ字ではなく(例えば、Smithの場合、"SUMISU")、外国式の綴りで姓を表記したい場合(Smithの場合、"SMITH")の必要書類:
1.外国姓の綴りが確認できる、アメリカ政府が発給した公的文書(marriage certificateなど)の原本。
2.6ヶ月以内に発行された戸籍抄本もしくは謄本を1通。●注意!●この戸籍抄本or 謄本は、戸籍上の名前が変更されてからのものとなります。なので本籍地を変えないようにし(こうすると家族が代理になって私の戸籍抄本or謄本を市役所から取り寄せられるの便利だそうです)、日本の家族に新しい戸籍抄本or謄本を送ってもらう必要があります。


B)【別名併記】
戸籍上の名前を変更しておらず、私の姓の横に、カッコ書きでJoelのラストネームが併記されるという場合の必要書類:














.外国姓の綴りが確認できる、アメリカ政府が発給した公的文書(marriage certificateなど)の原本。
2.6ヶ月以内に発行された戸籍抄本もしくは謄本を1通。


⑥SSオフィスに行き、氏名の変更を行う!
私は留学時代にSSNを取得していましたが、結婚に伴い姓が変わるので、氏名変更に行きます。DMVに行って様々な変更、申請などをする場合、必ずSS#が必要になります。なのでDMVに行く前にSSNの名前も変更しておかないといけません。
ちなみに、私の様なSSカードの氏名変更をする場合、新しいカードが届くまで約2週間かかるようです。
あと、ネットで得た情報では、
○結婚後すぐ&GC申請前→marriage certificateのみで氏名変更が可能。
○いったんGCを申請してしまう→GCが手元に届くまでSSカードの氏名変更は出来ない
何て不便な。。。!SSNはDMVでの変更および申請に密接に関係しているので、SSNの処理が完全に済まないと結婚後の名前が表記されたドライバーズライセンスが取れないのです。。。


【追記】
私がSSオフィスに行ったとき、マイケルジョーダンのバスケユニフォームを来たお兄ちゃんが担当してくれました笑 「政府関係のオフィスでバスケユニフォーム着るってどんだけよ。さすがアメリカやな〜!」って思ったけど、Joelもびっくりしていたし、「あれはアメリカでもやりすぎだよー」と言っていました笑 



ところで。。そこでお兄ちゃんに言われたことは:
○「私はフィアンセビザで来ていて、既に入国しているので、このビザは無効である。すなわち、このビザを証明書として姓の変更は出来ない。GCが届くまで待ちなさい」。私は「そんなことない、他の人はみんな出来ている」と話しました。すると、今度は突然「姓の変更自体は出来るけど、新しい姓が入ったSSカードはGCが出来上がるまで発行できない」とのこと。「そんなはずない。みんな発行されている」と訴え、何度か反論するもお兄ちゃんからはダメの一点張り。一体何やねん〜!とりあえず、姓は変え、新しい名前の入ったSSカードはしばし待つことに。。。ま、SSカード自体は人に見せるものではないので、GCが届くまで無くても支障はないと思い諦めました。


姓を変更することさえも本当に何度も渋られました。。。だって今ここで変更しないと、ドライバーズライセンスの名前やその他のIDの名前もまた変えなきゃいけないことになる。。。ただでさえアメリカのお役所仕事は適当なのに、ここでこれ以上ステップを増やすわけにはいかない!と粘りました。。。ほんと、担当者によって対応が様々で困ったものです。。

⑥DMVに行く!
私のケースは少しだけ特殊だったので、直接DMVにメールして確かめてみました。私は日本で運転免許があり、NYのlearner permitだけですが持っています。knowledge testから受けなければいけないのか、driving testだけ受けなければいけないのか、それともこういったものがいらないのかどうか。。。まったく分からなかったのです。結果、ワシントン州では、海外の免許ではカナダとドイツしかtransferすることができず、日本の免許やNYのpermitなどは全く考慮されないことが分かり。。。すべて最初から取り直す必要があるとのことでした。。ガーーン!めっちゃ面倒臭い。。。でも、確かに規則は日本と違っていることも多く(スクールバスへの対処の仕方など)、安全に運転するためには最初から勉強するのは大切だなと最近痛感しています。ところで、左ハンドルに慣れることが出来ず、しょっ中ワイパーと指示機を間違って出してしまいます。。先が思いやられる。。。























⑦銀行に行き、私の名前を銀行口座に追加してもらう!あと、私のデビットカードおよびクレジットカードも作ってもらいます☆
提示しなければいけなかったIDや書類:ID2つ(私はパスポートとNYのパーミットを提示。最悪の場合、IDは1つでもいけそうな感じでした)、marriage certificate、SSNを申告(別にいらないみたい)。


私の結婚後の姓が示されたIDが手元に無い状態で銀行に行ったのですが、marriage certificateがあれば大丈夫よと担当してくれた優しいフィリピン人のお姉さんがおっしゃってくれました。ちなみに、原本でもコピーでも可で、すぐに返してくれます。フィリピン人のお姉さんに、
私:「昨日夫と一緒にフィリピンのソーセージを食べて、二人でこれ美味しすぎる!!って絶賛してたんです。うちらそのソーセージが大好きでよく食べるんです。ね〜」
Joel:「うん、僕はハワイに住んでた頃、周りにたくさんフィリピン人がいたから、色々フィリピン料理を教えてもらって。。アドボとか、バナナルンピアとか、フィリピン料理が大好きで今でも良く作ってるんです」
って話したら、それまで静かだったお姉さんが喜んで大盛り上がり笑。食べ物の話で話が弾み、楽しい時間を過ごしました☆

3/07/2011

私のマウンテンバイク☆




















Joelが私にマウンテンバイクを買ってくれました!!:)
Trek Fuel EX5 というモデルです☆

私には全然分からないけど、かなり良いパーツがたくさん使われていて、すごく高いプロフェッショナルとかが乗るようなhigh-endのバイクパーツも一部だけど使われているらしい☆ありがたい〜〜☆こんな全くのビギナーでどんくさい私に良いバイクを買ってくれて。。。Joelほんまにありがとう!!:)

私以上にJoelが興奮して笑、バイクをダウンタウンで買った後、すぐに二人で家の回りを乗り回しました。そして、軽く晩ご飯を食べた後、再度二人で近所を巡るように走っているtrail、green wayで一時間位、night rideをしました♪すっごく楽しかった!

話は逸れますが、アメリカって日本と全然違って、こういったtrailやハイキングの道がそこらかしこにあるよなぁ。。健康的な趣味や活動の促進、健康の維持のためにも、日本も真似したら良いのになぁと思います☆
またまた話は逸れるけど、Joelは毎日夕方の4時に仕事を終え、仕事場が家から近い事もあって4時5分にはもう家に帰宅しています。その後、二人で過ごす時間がたっぷりあります。日本のお父さんやワーキングマザーも、こんな毎日が過ごせればどんなに良いのにと思います。

話はバイクに戻りますが。。。私のバイクにはフロントにもリアにも大きなサスペンションが付いているため、段差がある道やでこぼこ道でも、ふっかふかで快適です☆購入前にバイク屋さん付近でテストドライブをさせてもらったんやけど、大きな石がゴロゴロ転がっている上でも、安定してペダルを踏んで進めることができました。これには本当に感動!まるで戦車に乗っているみたいで、大きな段差や不安定な道の上でもそのまま進めるのです。マウンテンバイクって、普通のバイクと全然違うんやなぁ。。と感動の連続でーす☆:)

3/03/2011

SEATACより無事入国☆

2011年2月23日水曜日、無事Seatacから入国しました!:)

家を出発する前、大学からの友達でもうすぐお母さんになるまいちんに見送られ、大学時代のみんなの素敵で可愛いメッセージカードを受け取り、とっても幸せでした!そして、家族3人に関西空港から見送られ、特に感動的な場面もなく、飛行機に乗りました笑。

デルタ航空でチェックインした際、チェックインカウンターのグランドホステスのお姉さんに、K-1 visaと大使館から送られてきたオレンジ色のパケットを見せなくてはいけませんでした。どうやら、どこの航空会社でもK-1で入国する際はチェックインの際にオレンジのパケット提示が義務付けられているようです。パッキングの際は、すぐ出せるように準備しておくのが良いと思います。パケットが鞄の奥底に入っていたので、取り出すのが大変だった!絶対必要な持ち物としては以下の通りだと思います。あと、私は戸籍抄本を3通持って行きました:
①K-1 visaの貼られたパスポート
②オレンジのパケット
③レントゲン写真

飛行機に乗っている時間はいつもより短く感じられたのは、やっぱりジョエルとの再会にウキウキしていたからだと思います♪

アメリカに無事着陸した後の入国審査では、Permanent ResidentやCitizenの所に並べば良いのか、外国人の所の並べば良いのか分からず、側にいた空港のスタッフに聞いた所、前者の所に並びなさいと言われました。visajourneyでも見たけれど、やはりK-1 visaで入国する場合は、Visitorのゲートには並ばないようですね。
ところで、入国管理官はとーーっっても無愛想でした。私の顔とパスポートの顔を何度も何度も見比べるため、「そんなに違って見える?」って笑いながら言うと、完全に無視されました笑

受けた質問としては、
1.どれ位Joelを知っているか。
2.どうして英語が喋れるのか。
3.どこ出知り合ったか。
4.どれ位つき合っているか。
5.アメリカで学校に行っていたことについて、いつか、どこの学校か。
6.どこに住むのか?
7.私の職業は?辞めてきたのか?

などなど聞かれました。
その後、入国管理局の裏側にある、移民局の窓口に行くように言われました。そこは去年の7月に私が連れて行かれた個室ではなく(Joelに会いに行ったとき、VWPvisaで入国、結婚してアメリカに留まるんじゃないかという疑惑をかけられ別室送りになり、ひどい目に遭いました。。。ToT)、オープンスペースだったので比較的リラックスできました。
そこのおじさんもかなり無愛想で、おじさん自身がアジアからの移民らしく、英語になまりがあって聞き取りにくかったです。そこでもおじさんに上記と全く同じ質問をされ、多分トータルで20分は待たされました。おじさんはオレンジのパケットを開けて、色々スタンプを押したり、パソコンに入力したりしていました。
ここでも入国管理官にされた質問と同じ質問をたくさんされました。ここでされた新しい質問としては。。:いつ、どこで結婚するのか?
位だったかな?その後無事に処理が済み、みんなが言われているように、「90日以内に結婚すること」とサラっと言われ、無事入国できました。

そういえば、デルタにこたつを預けたけど、追加の受託手荷物料金とサイズ超過の料金の両方を取られることなく、受託手荷物料金だけでこたつを持ってくることができました。荷物の重さは気にしているようだったけど、サイズに関しては計ったり気にしたりしている様子は全くありませんでした。しかし、Seatacに着いてから、バッケージクレームにこたつが流れて来ませんでした。デルタの職員さんに聞くと、追加受託手荷物は普通に預けた荷物が流れてくるコンベヤーからは流れず、離れたところに置かれているとのこと。指を指されたところに行ってみると、こたつが床にバーーンと放ったらかしにされていました笑 いつでも誰でも盗める感じで、しかも手荒く置かれた感じでした笑 さすがアメリカ!

その後、$10,000以上を携帯していたため、カスタムを通過後、更に別の場所に呼ばれ、申請し、軽い荷物の検査を受けました。そこでは、「申告した金額よりも実際携帯している金額が少なかったり多かったりすると罰せられるから、できるだけ正確な金額に近い額を書いてね」と言われました。。ヒー。。!実際、申告した後、抜き打ちで持ち物検査されることもあるみたいです。プロセス自体は物々しい感じだったけど、そこのお兄ちゃんはとてもフレンドリーで優しく、親切でした☆「この子もうすぐBellinghamで結婚するんだよ!おめでたいよね!」と他の人に話しかけていました笑

その後、やっとジョエルに会うことができました!!!幸せ〜〜〜☆☆☆私の到着を心から喜んでくれました。そして、私が無事到着したかどうか心配してくれていたJoelママから電話があり、"i love you Kumi!!"と言われました♪嬉しい〜〜!
その日はスノーストームが来ていて、ジョエルはひどい雪道を運転してきてくれました☆幸い帰り道は雪がほとんど降らず、ちょっとicyで雪の積もった道路を二人で仲良く、安全運転で帰りました。

ついでに私たちが結婚するWhatcom countyの裁判所?役所?に行って、marriage licenseを申請しました☆費用は$58 だったかな?そして、ワシントン州では、申請した後3日間のwaiting periodがあります。この後から60日間まで、いつでも結婚することができます。ちなみに血液検査などもいらず、パスポートを持参し、両親の名前、両親の産まれた市、母親の旧姓、私の最後に住んでいた住所、Social Security #などを口頭で伝えるだけで、marriage licenseを取得することができました☆