2/23/2026

息子のために戦う

久しぶりすぎてもう何を書けば良いのか分からない。2025年(去年)の九月に大好きだったお義父さんが19年のがんとの闘病生活の末に亡くなってしまった。。2006年に初めてがんが発覚した時、すでにステージ4で余命は7〜9年と言われていたのだが、統計を大幅に超えて長生きしたお義父さん。それでも、残された家族のダメージは今でも大きく、かなり辛い夏〜秋を過ごすことに。

毎日忙しすぎてブログを書く時間がない。でも残しておきたいことはたくさんある。お義父さんが亡くなってからよく思うことがあるのだが、私と夫が死んだ時に、息子には何か思い出になるようなことを残してあげたいと思うようになった。例として、お義父さんは若い頃からほぼ毎日日記をつけていた。お義父さんが亡くなったすぐ後、残された日記をみんなで泣きながら読むのが楽しかった。私は日記を頻繁につけるようなマメさはゼロだけれど、このブログをこれからも細々と続けていけたら良いなと思っている。

今日は日曜日で、今から火曜から金曜までシカゴである学会に行く途中だ。職場が旅費も経費も全て払ってくれるのでかなりありがたい。日付が月曜に変わろうとしている今(ここに書いている間に月曜に変わった)、飛行機の搭乗まで後3時間もある😱どうせ寝れないし、それなら最近の出来事をここに書こうと思い立った。

自閉症には応用行動分析療法(ABAセラピー)が一番有効だというのはもう誰もが知る事実で、息子も小さい頃はこのABAセラピーを受けていた。そこのクリニックのトップが保険医療詐欺で逮捕されて突然クリニックが閉鎖してしまった。アメリカではABAクリニックが公的医療保険から違法に治療費を搾取するのは残念ながらよくあること。。次にオープンしたクリニックにすぐに申し込んだけれど、何の音沙汰もなく、息子は攻撃行動とかはないので私もそこまでABAにこだわっていなかった。それに、読み書き算数などもっと教えないといけないことが山ほどある。

息子はソーシャルスキルが自閉症のせいで低く、友達を作りたがっている息子の助けになればと、息子のケアコーディネーターさんの勧めでまたABAを始めることにした。今うちの州で開いたばかりだというABAクリニックにアプリケーションを出した。うちの地元に数年間開業しているABAクリニックに最初にアプリケーションを出したけれど全く音沙汰なし。メールも何通送っても返信なし。仕方なく電話すると、「受付の人が、「あ〜。。。はいはい。。アプリケーションは受け取りましたけど。。1年半のウェイティングリストですけど。。」と面倒臭そうに教えてくれた笑 アメリカのセラピーやクリニックで多いのが、本当にこちらからガンガン連絡しないと、全く向こうから音沙汰がない。同じ話をお母さんたちからいつも聞く。あり得ない!開いたばかりのABAクリニックでさえも連絡がこないことが何度もあり、私が何度も電話したりメールしたりしてやっと去年の十月くらいにABAセラピーを開始できることになった。ここでのABAセラピストとの出会いと夫の頑張りが、息子や私たち、そして他の子どもたちや家族の人生を変えるとは思っても見なかった。

アメリカでは学校内で外来のABAセラピストが来て子どもに色んなスキルを教えてくれる学区もある。ただ、学区によって決まりが異なり、外来のABAセラピストは学校には一切入れませんという学区や、行動観察するだけはOKだとか、学校とクリニックとの間でしっかりルールを決めた後は(この契約はメモランダム オブ アグリーメント、MOAという)、子どもにどんなサポートもOKなど、本当に学区によって受け入れの仕方が変わってくる。

私が最初に息子の学区、つまり私の勤務先である学区に、息子のABAセラピストを学校に入れてほしいと頼んだ。息子はうちの家では大きな問題行動はないから、家でできることがあまりなく、一方で対人関係を築くのが難しい息子は、学校でならばソーシャルスキルを学ぶ機会はいっぱいある。ここずっと教育予算のカットで先生もパラプロフェッショナル(生徒をサポートする講師みたいな職)もどんどんカットされて、人手が足りていないし、親が治療費を払うのであって学校が払う必要がない。つまり学区にとってはリスクがほぼなく、好条件のはず。

それなのに、学区は外来のABAセラピストは学校内に入ってスキルを教えることはできない、の一点張りだった。生徒が必要なサービスは、学区がオファーしなければいけないとのことだった。私もアメリカの特別支援教育法はよく知っているので、学区としてこの意見は理解ではできる。ただ、うちの学区にはメンタルヘルス系の外部機関が入りこんでいて、生徒と学校内でセラピーを行ったり、生徒と一対一で一日中学校内で一緒に過ごしている。何でこのメンタルヘルスクリニックが学校に入れて、何でうちのABAクリニックがダメなの!?と思ったけれど、物分かりの良い日本人の私は、「そうか。ダメなのか。。分かりました。」と受け入れた。でも頭の中では、全く納得していなかったし、「何でそんなに取るに足らないような理由で頑なにノーなの!?」と理解不能だった。

家に帰って夫に報告したら、夫が激怒した。夫は仕事でMOAを頻繁に書く機会があり、MOAなんて大した書類ではなく、すぐに書ける書類だ。学区にとって失うものが全くないのに、何で子供を守って権利を主張するべき大人が、こんな良い機会を無碍にするんだ。全く理屈が通らない。息子が成長できる機会を邪魔をする奴は全員一掃してやる!ということだった。まぁまぁ、そんな怒らなくても、と私は夫を宥めながらも、学区の返事が全く意味不明だという夫の意見には完全に賛成だったので、私も学区と対立し、親としてMOAを押すことに決めた。

夫と同じく激怒したのが息子のABAセラピスト、(名前は仮名でケイティとしておく)ケイティだった。ケイティは私より身長が20センチくらい低く華奢で、体にタトゥーがびっしり入っている、かわいい30代前半の女の子。ケイティは小さな体とは正反対で、ものすごく正義感が強い。「ほんとになんでこんなどうしようもない学区の理屈が通るのか意味不明よ!私のクライアントである子供たちは学校で最高のサービスを受ける権利があるのよ!隣の学区ではMOAを締結して、私たちクリニックのクリニシャンが学校内で働いているのよ!こんなの絶対におかしい!」と怒ってくれた。まさか隣の学区ではケイティとケイティの助手が学校内で働いているとは思ってもみなかった。本当にあり得ない!法律をみっちり調べてみると、法的には学区はABAセラピストを学校に招き入れる必要はないとのことだった。ただ、今までの判決を見ていくと、親の要求が通った判決ばかりが出ており、ABAセラピストを学校に入れるべきという判例がたくさんアメリカ全国に見られる。

ここで三人で深く計画を立てて、学区とミーティングすることにした。私がアメリカの大学院で学んだことや今の職に就いてから学んだことがここで大きく活用されることになった。うちの州にある、無料でこのような教育相談ができる法的機関に連絡し、状況を説明した。この機関で働く弁護士が息子の書類に目を通したあと、アドバイスをもらった。あと、うちの州にある親と子供をサポートする機関に連絡し、そこでも状況を説明したあと、うちのケースに適任する擁護者の人と繋げてもらい、擁護者の人に学区とのミーティング(息子のIEPミーティング)に出席してもらい、どのような要求を学区に求めるべきかかなどアドバイスをもらった。後は教育委員会の役員を務めている人に、役員としてではなく、親としてミーティングに来てもらえないか頼んだ。結果、息子のケアコーディネーター、息子のABAセラピスト、私たち両親で、計五人を引っ提げて学区とのミーティングに臨んだ。学区は相当慄いていたはず。

ミーティングでは、全くちゃんとした理由も挙げられないのに、学区はABAセラピストは学校に入れない、の一点張りだった。私は、「残念ならがその返事は一切受け入れられない。私たちの要求を無碍にするながら、ABAセラピストが学校に来るという案件がどのポリシーに反しているのかをはっきり明記して、通知書を発行して下さい。何事もリスクベネフィットアナリシス(リスクと利益を天秤にかけてみる)を元に決定すべきで、学区として失うものはなく得るものしかない。ABAセラピストの管理責任面などで不安があり、決断を渋っているのだとしたら、それをきっちりMOAに書けば済むことです。」と何度も言った。

対立している相手だけれど、みんな私の上司に当たる人たち。この息子の件で関わった上司たちは私はいつも日頃から感謝している良い人たちなので、失礼のないように対応した。失礼はないけれど、意見はストレートにはっきりと言わせてもらった。でもやっぱり私のストレスが大きかった。ただ、自分の上司だからと言って、ナンセンスで納得できない理屈を通すわけには行かない。アメリカに来て、神経がだいぶ図太くなったなぁと思う。

このミーティングの後も全く通知書が発行されないので、夫が再度メールで催促した。学区は、「今さらに情報を集めている所なので、もうしばらく待って下さい。」とのことだった。夫は激怒し、ここ4ヶ月で私と一緒に下書きしていたメールを学区に送った。

1)学区に以下の日付で七回も、息子にABAセラピストをつけて欲しいと要求したにも関わらず、通知書が一度も発行されていない(これは違法)。

2)学区の提示する条件(ABAセラピストが学校にきて行動観察をするのはOKだけれど、子供と直接やりとりをするのはだめ)実行するのはほぼ不可能で、何より息子にとって何の利益も生まない。

3)息子の過去のIEPを全て読み、ここ4〜5年で行動や学習面で伸びがなく、同じようなゴールが設定されており(これも違法)、しかも一部ではスキルが後退していることを書いた。

4)この秋、先生やサポートスタッフがいないとのことで、理科の通常学級にしばらく在籍していたのだが、特別支援教育を受けている生徒しかいないクラスに戻された(障害のある生徒を最も制限された環境に置くというのも違法)。

5)学区が不安な要素は全てMOAに書き出すことで解消される。他のメンタルヘルスの外部機関が学校内で活動している中、どうして私たちのABAクリニックを拒否するのか。そして、隣の学区ではABAクリニックが入り込んで学校と連携して生徒をサポートしている。同じサーキットの判例をあげて、ABAセラピストが学校に入るべきだという数々の判例をどう説明するのか。

このメールを送った二日後に、ケイティがうちの学区の上司をミーティングを行うことになった。ミーティングは結果的に全く良い方向に向かなかった。ミーティング中、ケイティは何度も息子と他のクライエントの子供たちのために立ち上がり、子供たちのために絶対に諦めない。ABAセラピーを学校で行うための次のステップは何ですか!?と上司に食い下がらなかった。ミーティングの後、ケイティは悔しくて泣いていた。私にすぐに電話してくれて、「絶対に諦めない!ノーという答えは私の選択肢にはない!」という力強いケイティに本当に感謝の言葉しか無かった。

このミーティングの内容を聞いた夫がまた激怒して、学区の上司に「いつになったら返事が来るのですか?」とまたメールを送った。

気落ちした私は、友達と一緒にスキーに行き、3時間も滑った。スキーの最中、夫から電話があり、「あのメールを送った4時間後に学区から返事が来て、上からABAセラピストを学校に入れてもいいという許可が降りました。今後はMOAを締結することで動いていきます。という返事がきたよ!!」、と報告してくれた。

このスキーを一緒に滑っていた友達は教育部門の管理職のライセンスも持ってて、ここに至るまでこの友達に相談して意見を聞いていたので、良い報告を友達と一緒に聞けて最高だった!

私が感無量なのは、息子がこのサービスを受けてたくさん成長できることもそうだけれど、他の自閉症の子供たちが大きく成長できる機会ができることも本当に嬉しい!システムを変えると良いのはほぼ不可能なことが多い。でも、周りの素晴らしい人たちん助けで、ここまで辿り着けて、本当に感謝している。特にめちゃくちゃ強気で不屈の精神を持つケイティや、息子のために絶対に諦めない、ノーという返事は一歳受け入れないという怒り狂った夫の強い信念に驚かされた。物事を変えるには、このような力強いパートナーが必要なんだな。素晴らしい人たちのおかげで、不可能を可能にすることができるんだ、と感動した。

世間には、「子供のことを一番に考えています」と口で言うだけではなく、実際に行動に起こしてくれる素晴らしいプロフェッショナルの人たちがたくさんいる。