夜は強風が吹き荒れていて、小屋の外はビュービューと言う轟音を聞きながら寝た。夜中に3回ほど目が覚めた時も風の音にゾッとした。翌朝、私はグースカと長い間寝ていたのだがボーイズはすでに起きていた。今日スノーマシーンを引っ張り上げることができて、家に無事帰れる保障はない。スノーマシーンがクリークに沈んでしまっていたり、どうしても引き上げられなければ、また山小屋に戻って救助が来るまで山小屋で過ごすことになる。私は家に帰れる可能性が50パーセント、山小屋に戻ってくる可能性が50パーセントくらいかなぁと思っていた。それを見越して、夫の提案から寝袋や寝袋を敷くパッド、食べ物や鍋などは山小屋に残しておいた。メモを残しておいて、荷物を残してしまい申し訳ないと言うことと、もし無事に家に帰れたならば荷物はまた水面がもっと凍ってから取りにくるか(私は絶対こんな恐ろしい思い出のある場所に帰ってくるなんて嫌〜!息子も絶対に嫌と言っていた)、もし可能ならお金を払うので道路のある場所まで持って来てもらえないかと言うことを、名前と電話番号と一緒に記しておいた。外に出ると幸い外は気温がグッと上がっていて、風は強かったが外の気温は前日とは比べられないほど暖かかった。多分マイナス3度(27F)くらいだったんじゃないかと思う。
一体今日何が起こるか分からないので、夫も私も落ち着かなかった。二人で頭の中に雲がかかったような鬱々とした気分で出発の準備をした。昨日来たあの最悪な雪山の道は、私たちが歩き、その上一晩経って雪がしっかり固まったおかげもあって簡単に歩くことができた。45分ほどでスノーマシーンとそりを残してきた場所に到着した。夫は歩くのが早いので、私と息子よりだいぶ早く現場に着いていた。
早速夫は一人でスノーマシーンの救助活動をしていた。昨晩話し合った時の夫の見解では、右足のソリが氷の下にあるため引っ掛かって持ち上げられないとのことだった。なので夫は氷を斧で少しずつ割っていた。私が心配していたのは、氷を割りすぎてプラットフォームがなくなることで、マシーンがまた水の中に落ちてしまうのではないかということだった。でも夫はこういうアウトドアやメカ系の論理力や推理力にはずば抜けて長けているので、夫を信頼して「やってみなよ」と賛同した。夫はしばらく時間を掛けてそりの右足が完全に見えそうなく所まで少しずつ氷を割った。シャリシャリの氷と水に紛れていて、そりの足が完全に氷から出せそうかどうかよく分からなかった。夫の提案で、ほんの少しだけマシーンを前進させてスキーの足を出すという策を取ることにした。マシーンの前は水だったので、少しだけならいいけれど、下手したらマシーンが水の中に沈んでしまうかもしれない。でも夫を信じて、「少しだけやで!」とアドバイスをして見守った。口だけはよく出る私。夫はエンジンをかけて数センチだけ慎重にマシーンを前に動かした。次はこれまた夫の提案でマシーンを二人で持ち上げて左側に倒し、右のそりを完全に水面から出そうかと言うことになった。それは良い案だと言うことで、二人で思いっきりマシーンを持ち上げると、無事にそりの右足が水面から完全に出た!私はこのまま左にマシーンを完全に倒そうと思ったけれど、これまた夫の提案でマシーンの右側が完全に浮いた状態で夫がエンジンをかけ、リバースに入れた。その後マシーンを氷の表面に置くと、なんと無事にマシーンを完全に水面から出すことが出来た!
家族で大喜びした後、夫と二人で「これは大きな一歩だけど、この不安定な氷の下でスノーマシーンが沈まずに走れる保証なんてないから、まだまだ気を緩めちゃいけないね」と話した。私と息子がスノーシューズを履いていたので、夫は私に昨日スノーマシーンで来た道をちょっと歩いてみて、昨日の跡の右側を走ればいいか、左側を走ればいいか、氷の厚みを確かめて欲しいと言った。私はマシーンの足跡の左側は岸側なので安全だろうと思い、すぐ左側を歩いてみた。すると、一瞬で足が水中に沈んだ。それと対照的に右側は結構しっかり凍っているようだった。ただ、当然ながら人の重さに耐えられる氷の厚みに、スノーマシーンが耐えられると言う保証はない。人の重みに耐えられる氷の厚みは4インチで、スノーマシーンは5〜6インチと言われている。私たちのスノーマシーンは一般的なスノーマシーンより大きく重いし、荷物をいっぱい積んだそりも後ろに引いている。とりあえず、「左は絶対にあかんわ。足がすぐに水にはまった!」と報告した。それでもクリークの凍り方を見ていると、どの表面も全く予測不可能なことが分かる。例を挙げると、スノーマシーンの前は水、右側も水、でも左は結構しっかり凍っている。でも左も数歩進むと水と氷の混じったシャリシャリ。マシーンの後ろは一歩違いで水、シャリシャリ、そして硬い氷が張っているような状態。こんな感じで氷の厚みは3メートル四方の表面でさえバラバラで、厚さはおそらく1〜4インチ程度だと思う。スノーマシーンがハマった表面は2インチの氷が張っていた。ただ、できるだけ速い速度で思いっきりクリークの上をぶっ飛ばしてスノーマシーンで走れば、きっとここから脱出できる。
ここから脱出するために、まずスノーマシーンを救助するために外してあったそりをスノーマシーンに取り付けた。ソリを後ろに滑らせると、すぐ下に水が浮いてきた。気温は変わらず冬にしては暖かく、氷がかなりのスピードで溶けているだろうなと思った。一刻でも早くここから出ないといけない。荷物をまとめて3人でスノーマシーンに跨った。夫がエンジンをかけてアクセルであるレバーを強めに押した。その勢いでスノーマシーンが急発進した。その時に、重みと勢いで氷が割れてマシーンがグッと下に沈んだ感触を感じた。それでもマシーンが素早く動いてくれたおかげで、あの最悪の事故現場から一気に離れることができた。後ろを振り返ってスノーマシーンの跡を見てみると、水が浮いていて出来ていてゾッとした。この2、3マイルが一番危ないと思うので、ここを思いっきりマシーンを飛ばして脱出できれば、後はきっと大丈夫だろうと思った。のちに夫に聞いたのだが、3人もマシーンに乗っていて重いソリも引いていたのでなかなかハンドルを切ることが難しく、自分の体を思いっきり曲がる方向に傾けて重心をずらしても曲がりにくかったらしい。夫が昨日来た道を見ると、昨日は気付かなかったがスノーマシーン跡に水が浮いていたらしく、改めて危険な道を知らずに通っていたことが分かってゾッとしたらしい。とりあえず超高速で何マイルも走り続け、やっとクリークから脱出して、地面のある部分に出てくることができた!家族全員でほっとし、ハイファイブをしてやっと自分たちが安全な地表に戻って来れたことにただただ感激した。
この後はまた1時間45分かけてトラックを停めてあった駐車場までスノーマシーンを運転した。あの枝の垂れたハンノキの煩わしさが可愛くさえ思えた。トラックに辿り着くまでの時間はものすごく長く感じた。雪と木しかない環境の中で、途中で石油会社が打った杭やマーキングしてあるテープなどの人工物を目にするたびに感動した。文明を感じるたびに安心感が増した。トラックに戻って、後ろに引いていたそりに積んであった荷物を解いてトラックに積んだ。どの荷物も氷と雪でガチガチになっていた。夫が雷鳥を仕留めようと持ってきたライフルなんて、どこか氷河の底から「1万年前に人類が使っていた武器が発掘されました!」とニュースで写真と共に出てきそうならい氷がガチガチにまとわりついていた。自分たちがそれだけひどい環境にいたんだなぁと思うと改めてゾッとした。
トラックに乗って暖かいエアコンを感じた時に、心の底からほっとした。ボーイズは家に帰るまでの道にある小さい商店でジュースを買っていたが、私はずっと緊張していたせいかしばらく何も飲んだり食べたりする気持ちになれなかった。義両親に私たち全員が無事にトラックに辿り着き、今帰路に着いているというテキストを送った。義両親は私たちが無事だったことに大喜びしていた。
***
家に帰った翌日、早速ちゃんとした極寒の中でも履けるウォータープルーフのブーツを買った。マイナス40度でも履けるというレーティングのブーツ!夫のスノーシューズは色んな機能が付いていて息子がずっと欲しがっていたので、夫は自分のスノーシューを息子にあげた。数日後には夫が自分用に新しいスノーシューズを買った。これでまた家族全員が自分のスノーシューズを履ける。
今回の経験で、スノーマシーンに乗って雪山に行く時は以下の物は絶対に携帯するべきだねと夫と話した。幸いほとんどのツールは今回の旅で携帯していたので、無事に帰還できたのかも:
*軽量テント。非常事態を考えて、シェルターはその場で雪を掘ったり木を切ったりして作ることもできるけれど、テントがあれば簡単にシェルターになる。
*防水マッチと火種。
*手と足用のホッカイロ。
*スノーシューズ!!
*一番暖かいレーティングのコート(私はダウンのフィルパワー700と800のジャケットを着ていたのだが全く寒くなかった;一つは通気性の高い極薄のクロスカントリースキー用によく着ているジャケット。もう一つはウィンドプルーフ、ウォータープルーフの量高いジャケット)。アラスカでは当たり前だけれど、色んなレイヤーが必要。ウールの靴下、ウールのベースレイヤー、厚めのフリース、薄いダウンジャケット、厚いウォータープルー&ウィンドプルーフのダウンジャケット、念のためにレインジャケット。ボトムスはスノーパンツ、そして通気性のある水を弾くパンツ(雪が入らないように裾が萎んでいるもの)、ウールのベースレイヤー。
*ゲーター。もし水の中にはまっても被害が少ないし、雪の中を歩くには必須。履いているズボンが雪で濡れないので低体温症になる可能性も低くなる。そして、あとでズボンが乾きやすい。
*ウォータープルーフで暖かい冬用のブーツ。レザーや無駄にふわふわの装飾が付いているブーツ(私が履いていたブーツがまさにこれ。マイナス40だかでも履けると書いてあったけれど、合皮を使っていてウォータープルーフではなかったので全く使い物にならなかった)はだめ。ふわふわの装飾に雪がこびり付いて、次第にブーツに大きな氷の塊ができる。ブーツは上の部分がスリムな形状になっているもの。ブーツの上が膨らんだデザインは、雪がそこから入ってくるし、裾が萎んでいるデザインのパンツ(雪が靴に入らないので良い)にぴったりハマらない。一番分厚いウールの靴下を余分に持って来ていたので本当に助かった。
*衛星電話機能、SOS機能の付いたGPS。
*ガソリンタイプの鋸。連邦政府は自然保護区域でのエンジンタイプの鋸の使用は禁止している。木を自家用に無駄に伐採する人もいるし、生態系に悪影響が出る可能性があるから禁止されている理由は分かる。だけど、もし冬に遭難した時には夜通し火を焚べないといけない。すでに死んでいる木を伐採してシェルターを使ったりする必要があるので、絶対にガソリンを使うタイプの鋸が必要だと今回の経験で感じた。充電器(バッテリータイプ)の鋸はバッテリーが低温で使い物にならなくなる恐れがあるし、稼働時間がガソリンに比べて圧倒的に短い。何より山奥で充電なんてできない。緊急事態以外では使わないというルールで、ガソリンタイプの鋸は携帯するべきだと思う。
*外気温に耐えられる寝袋。小屋の中はストーブで暖かいが、緊急事態には野宿しなければいけない可能性もある。
*コントラクター(大工)用の分厚いゴミ袋を何枚か。緊急時にはウェイダー(釣りをする人が着る、水の中に入っても濡れないゴムでできたオーバーオール)にもなる。
*ゴリラテープ。何かと壊れたものを直すのに毎回重宝している。今回の旅で、息子のスノーパンツが破けて何ヶ所も穴が空いてしまったのだが、乾かした後にゴリラテープですぐに補修できた。夫は水筒の周りにゴリラテープを巻いて常にテープを使えるように携帯している。
*ポーリーとロープ。
*食料は宿泊する日数よりも二日分もしくはそれ以上の食料を持っていく。フリーズドライの食事は軽量でそれほど場所も取らないので良い。